山本正次「防波堤」1951.9.22

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2001年池田基博さん作成のガリ本『防波堤』(はるな書房)を、水口が復刻しました。
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山本正次さん生誕110年の会に寄せて

2023.5.5

四條畷学園小学校 永岡 修

 

 僕にとって、山本正次先生は、とても偉大な先生です。

昭和28年4月1日付けで四條畷学園小学校に赴任され、昭和51年まで。あんなに偉大な先生が、元四條畷学園小学校の先生だったなんて、後輩として、とても誇らしく名誉なことだと思っています。

山本先生と直接お会いできたのは、ほんの数回です。新任のころ、国語に関することを山本先生に質問しようということで、何人かの先生で、天満?の事務所に何度か行かせてもらいました。恥ずかしい話、内容は覚えていません。が、山本先生は、ずっと優しく僕たちの質問を聞いてくれていたことを覚えています。今から考えると本当に惜しいことです。

また、四條畷学園小学校で行われた仮説の会で、山本先生の授業を何回か参観させてもらいました。いつ見ても、山本先生の子どもたちへの優しい言葉かけが素敵で、「僕もこういう先生になりたい。こういう授業がしたい。」と思いながら見ていました。

たくさんの参観者の中で、頑張ろうとしていた1年生が、本読みで声を張り上げているのを、「その声は大きな声じゃなくて、叫び声というんですよ。」と諭すように優しく語られていたのを思い出します。

山本先生の授業プランは、今でもたくさん実践させてもらっています。

「のはらうた」を昨年、1年生の日曜参観で授業をしました。参観で国語の授業を見せようと思った時は山本先生の国語プラン、というように何度もお世話になっています。これからも、もっともっと実践していきたいです。

山本先生の本にも本当にお世話になりました。僕もこういう教師になりたいという理想の先生が山本先生でした。

「さらば優等生」においては、優等生=先生と思っていた僕に、優等生でない僕でも、教師を続けることができるんだ。逆に優等生じゃない僕なら、優等生じゃない子の気持ちが分かる。それなら僕も教師を続けていける、そう思わせてくれました。

また山本先生のエッセイにおいては、職員室の机の穴に指を突っ込んで抜けなくなった話、卒業生からの手紙で、新婚旅行を車で九州一周した若者への応援の話、電車に乗って帰るとき夕焼けに感動する話など、数々のお話が思い出されます。読み終わった後、とても気持ちが良くなる、僕も頑張ろうとなるお話ばかりで、今でもふと心が疲れた時に手に取る本です。大変お世話になっています。

 山本先生が亡くなられてもう20年にもなりましたが、山本先生が残してくれた文献、授業プラン、国語に関する考え方など、たくさんの財産が残っています。

四條畷学園小学校に今でも残っている財産と言えば、、、

現役の先生でも知らない人がいるかもしれません。校歌である「四條畷学園小学校のうた」は、山本先生の作詞です。

この「四條畷学園小学校のうた」は、昭和30年に完成し、その年度の3月24日修了式の日に初めて歌ったそうです。山本正次作詞、野口源二郎作曲で作られました。(四條畷学園小学校40年のあゆみ より)

 

「あおげこの山 いいもりの 

青空くぎる大きな姿

 この山 見上げて 育った僕ら 

雨にも負けるな 風にも負けるな

 強く正しく さあ行こう 

四條畷のみんなの学園 四條畷のみんなの学園

 

吹けよ あさかぜ いいもりの

みねからみねへ 吹きわたる

その風 受けて そだった僕ら

わたしの体よ わたしの心よ

元気に 一緒に さあ行こう

四條畷のみんなの学園 四條畷のみんなの学園」

 

ご存じのとおり、飯盛山のふもとに四條畷学園小学校は立っています。いつも小学校からは飯盛山が見

え、まるで子どもたちの成長を見守っているようです。

飯盛山は季節で色々な姿を見せてくれます。

この5月は新緑の飯盛山。特に青空の日はその青空を区切るような飯盛山を見ることができます。とてもきれいな青空と飯盛山のコントラストはとても美しい。

春には桜、秋には紅葉、そして冬には雪で真っ白な姿も見せてくれる飯盛山です。

そんな飯盛山を見上げながら、強く正しく育っていってほしい、という山本先生の思いが伝わってきます。今でも、新入生歓迎遠足、にこにこ遠足など、年に2回は必ず飯盛山を登っています。そして、毎年、入学式、始業式、終業式、体育会、音楽会などに、この歌を歌っていますが、このままずっと受け継がれていく歌でしょう。

 

もう一つ、山本先生の作詞の歌で、僕も大好きな歌があります。

それは、入学式の歌。

赴任したての頃、先輩の先生から、「うちの小学校では入学式の時、在校生や教職員みんなで歌を歌って、新しく入ってくる1年生をお迎えするんや。」と聞きました。

「四條畷学園小学校40年の歩み」に歌ができた時のことが記されていました。

「昭和35年「入学式のうた」をつくる。「入学式をもっと子どもの心情に合うものに」の表れとして、子どもらしい「うた」がほしいといいうことになり、山本教諭が作詞を福井教諭が作曲を担当してできたのが「入学式のうた」で35年の入学式から歌うことができた。(元は、新入生の歌う部分も挿入されていたが、新入生は練習することができないため、だれでも歌えるであろう童謡「春が来た」を入れることにした。)」

子どもらしい「うた」がほしい、ということで、子どもたちの「うた」で入学式をお祝いしようというのが素敵です。「子どもたちとって」を常に考えていたことが伺えます。

今の子どもたちも教職員も心を込めて歌を歌っています。

最後の「力いっぱい、力いっぱいやりましょう」というフレーズが好きです。今年も心を込めて歌いました

小学校のうたと同様、これからも歌い継がれることでしょう。

 

元四條畷学園小学校の先生である山本先生の貴重な財産を四條畷学園小学校の先生として、これからも受け継いでいきたいと思っています。

もう年配と言われる年になりましたが、若い世代にも偉大な山本先生のことを伝えていきたいと思っています。