「板倉さんの吐息」 猪塚憲機 (2023.10.16)

⚫︎もしも板倉さんの原子が見えたなら

板倉「死んだらどうなるか」『たのしい授業』1993.3月から

 人間が死ぬと,それまで身体を作っていた原子はばらばらになってしまいますが,気体になって飛び散った原子のうち,二酸化炭素になった原子は植物の葉の中に入って,植物の栄養になることもあるでしょう。その植物をほかの人が食べると,それはまた人間の身体に入ることになります。また,死んだ身体が燃えたとき,水蒸気になった原子は,冷えて水になり,また誰かの身体の中に吸収されるかもしれません。こうして世界中の原子は,あちらこちらに移動して「生き返っている」とも言えます。

 

ある人のレポートにこんな文章がありました。

〈もしも原子が見えたなら〉の授業を受けて,講師の先生が「私たちの体には恐竜の原子が入っている」という話を聞いて,感動した。

 さらに「この空気の中に板倉さんの息も入っている」と言われて,みんなで深呼吸した」

 

今回は,そんな話にまつわる話題です。

⚫︎板倉さんの分子はどこにいる

[問題1]

 板倉さんは,2018年2月7日になくなりました。そのとき「最後の吐息(に吐いた空気)」の一部を今,あなたが吸い込む確率はどのくらいあるでしょう(空気はよく混ざっているとします)。

ア.  全くない(0〜0.001%)

イ.  ほとんどない(0.001〜1%)

ウ.  ちょっとはある(1〜20%)

エ.  もっとある(20%以上)


(1)  一回に吸う(吐く)空気の分子の数は,1×10²²

 (くわしく書くと)

一回に吸う空気の量は,0.4Lとする。 アボガドロ数→1モルの分子に6×10²³ 1モルは22.4Lだから,   

1L中にある分子の数は  6×10²³÷22.4L×0.4L = 0.1×10²³=1×10²²

 

(2)  地球全体の分子の数は(『理科年表』によると)10⁴⁴

(3)  大気の中からランダムに分子を1つ選んだとき,それが「板倉の最後の吐息」に含まれない確率は

10⁴⁴ ー 10²²

-----------------  = 1ー 10¯²²    

      10⁴⁴

(4)  それが「あなた」の吸う1息に含まれない確率は     (1ー 10¯²²)¹⁰²²   = 0.37....

        (この計算をexcelでやろうとしたが17桁以上は無理だった。e(ネイピア数)を使うと計算できる。知りたい人は猪塚まで)

 

(5) それが「あなた」の吸う1息に含まれる確率は

                      1ー0.37 = 0.63 (63%) 

[問題2]

  板倉さんは火葬されました。その板倉さんの体にいた分子たちが,全部,空気中に飛び出している,とすると,この部屋に「板倉さんの分子」はいるでしょうか。

ア. いる確率は,50%以上

イ. いる確率は,50%以下

 

 ネットを見ると「人間1人の分子数は6 × 10² 」です。

これは,明らかに,1回で吸う(吐く)分子数より多いです。ですから,この部屋には,かなりの数の「板倉さんの体にいた原子」がいるはずです。

 

 板倉さんの体にいた分子たちは「科学の碑」の中に入れられた,と聞きます。そこから,空気中に飛び立っていくことでしょう。

「千の風に乗って」

わたしのお墓の前で泣かないでください。

そこにはわたしはいません。眠ってなんかいません。

千の風に 千の風になって

あの大きな空を吹きわたっています。

 この部屋にいる「板倉さんの分子」に「何やってんだ」と言われないように,私(たち)門下も,「大衆の御用学者(教師)」の1人として,残りの人生で何か仕事がしていけたら良いと思っています。いかがでしょう。

 

 

(典拠)

 この話の大元は

1.  J.Jeans”an introduction to the kinetic theory of gases(気体運動論入門)"1942

   ここでは「シーザーの吐息」になっていて,そこから,いろいろな気体運動に話がすすみます。

2.  StevenG.Krantz著,関沢正射訳『問題解決への数学』2001,丸善 ,原著1997  直接は,この2を参考にした。

   サイトには「クレオパトラの吐息」というものもある。つまり,家康でも卑弥呼でもだれでもいいのである。