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グロチウスの主張は「真理」か「方便」か

⚫︎グロチウスの主張は,真理か方便か

 1500年代も終わる頃,世界の海へ乗り出そうとする勢力が現れました。それはスペインから分かれたオランダでした。

 ところがオランダは,ポルトガルとスペインから妨害を加えられるのです。「教皇が決めたことに逆らうのか。新しい世界は2国だけのものだ」と。

 そんなときに,オランダの若き法律家グロチウス(1583-1645)は,『自由海論』(1609)という本を出版し,次のように主張しました。

 もともと,世界はだれのものでもない。みんなのものだ。それは「自然法=人間が生まれながらに持っている法律」で決まっている。それなのに,教皇が勝手に「世界はだれかのもの」ということはできない。教皇だろうとだれだろうと「自然法」に逆らうことはできないのだ。

 グロチウスは,古代ギリシア・ローマのさまざまな著作を引用して戦いました。

 

そんなグロチウスの主張に対して,ある自然科学の研究者は次のような疑問を呈しました。

 

「それは,ただの方便(ある目的を達するための便宜上の手段)ではないか」「どうしても自然科学と社会の科学とを比較すると,[自然科学の真理]と比較してしまう」

 

 その疑問に対して考えるために,まず「自然科学ー数学・物理学・工学」について考えてみたいと思います。

 

⚫︎数学の知恵は「物理学」「工学」に必須

 数字は,右のように概念を広げてきました。

それにともなって「物理学」もできました。

 数字を使った「数学」がなければ「物理学」は生まれなかったでしょう。

 

「物理学は数学の言葉で書かれた自然のドラマ」

砂川重信『力学の考え方』岩波,1993

 

「工学」も「数学/物理学」が欠かせません。古代エジプトのピラミッドも古代ローマの水道橋も,数学/物理学がもとになって作られています。

自然数 → 0 →整数 → 無理数 → 虚数

1,2,3           -1 0 1     √2          √1=i 

               (1500年代)


 運動方程式F=maができれば「大砲を正確に飛ばす」ことが

できるようになりました。

 また「力」だけでなく「仕事/力積/運動量/仕事/エネルギー」という概念も「数学の言葉で書かれる」ようになりました。


 さらに,最近の「生成AI(chatGPTなど)」の技術には,数学が欠かせません。「数学を駆使して新しいソフトを作っている会社」がテレビで紹介されていました(「燈」)  https://akariinc.co.jp/)


⚫︎それでは「社会」の知恵はどうだろう

 古代ギリシアで「哲学」といえば「自然哲学(物理学)」だけでなく,「道徳(=社会)哲学」や「論理学」の3つから成りました。

 人間は,動物と違って,「社会」をつくります。その中で生きていくには,どうしても「社会の哲学」が必要です。古代ギリシアの哲学者は,そんな「社会」について,どのように考えたのでしょう,

⚫︎古代ギリシアでの「社会」の知恵は

古代ギリシアの哲学者は,「社会」について,どのように考えたのでしょう。

自然の法(ルール)については

1ヘラクレイトス(前524〜).......「最高の徳たる叡智とは言葉と行為において自然に従うことである。すなわち,この『普遍のロゴス(理性)』に従うことである。それゆえに,法はすべてこの普遍の神の法によって『培われ,人間の法はこの神法を実現すべき試みにすぎない。(『断片集』112-14)

 

こうした考えをもとに「古代ギリシアの社会」はできた。

      ↓

万物の成り立ちについては

1 ターレス(前624-)水

2 アナクシマンドロス(前611-前547),,,,,空気

3ヘラクレイトス(前524)....火

4エンペラドトス(前493- )....土/水/空気/火(4元素→プラトン,アリストテレスへ)

5デモクリトス(前460)....原子

エピクロス


⚫︎中世での「社会」の知恵は

自然の法(ルール)については

1グラティアヌス(1100年頃).......

「自然法とは〈モーゼの十戒〉と〈聖書の中に入って いるもの〉」

 

アラビアの科学→

2トマス・アクィナス(1225-1274)

人間は神に似ているのだから,理性を持っていて,それを「自然法」と照らしわなせて行動できる。

 

 その考えは,近代のホッブスなどの考えに引き継がれます。

万物の成り立ち

土/水/空気/火(4元素→プラトン,アリストテレスへ)

5ルクレチウス(BC99頃-BC55)

 

⚫︎原子論

『宇宙を創るものアトム』(1417年に再発見され)

   ↓

コペルニクス,ガリレオたち


⚫︎近代での「社会」の知恵は

自然の法(ルール)については

1ホッブス(1588-1679)

「自然権」

 人間であれ,動物であれ,元々「生きるために自分の身を守る」権利を持っている。

「19の自然法」の「1」と「2」

1 人々は,平和を勝ちとる努力を。不可能なら,争いを

2 平和のために必要なら,上の権利を放棄せよ。

 以下3から19までのは「十戒」のような道徳的な内容が多い。

 

2ロック(1632-1704)

だれも他人の生命,健康,自由あるいは所有物をそこねるべきではない。

(自然法)

自分の体は,自分の所有     

自分が労働を加えたものは,自分の所有

万物の成り立ち

⚫︎原子論,デモクリトス/エピクロス/ルクレチウス

⚫︎「議会制民主主義」

⚫︎「三権分立」 ⚫︎資本主義


⚫︎「所有権思想」は,近代を拓いたか

 ジェーン・マーセット(1769-1858)の『経済学の対話』(1816初版, 邦訳橋本淳治1992)という本がある。それは「アダム・スミスの経済学をわかりやすく書いた本」と言われています。そこには,こんな文章がある。

(対話3-12) 土地所有の制度は,その土地の所有者だけでなく,所有していない人にとっても「富」を増加させる。

(対話4-100) 人間の勤勉さというのは,自分だけの所有とか楽しさという刺激があって,はじめて活発になる。

24.(対話5-2) やる気に新しい刺激が起こってくる。人は勤勉になり努力する。そうして好奇心・感動・願望・積極性・勤勉をもった文明人になっていく。

1827年版の表紙,匿名で「『化学の対話』の著者」とある。


 

つまり,マーセット自身の主張(スミスの考えをもとにした)をまとめると,次のようなものです。

 「所有を認める」→「楽しさ」「労働する気になる」→「幸福に」→「社会が発展」

⚫︎アダム・スミスの「見えざる手」

 アダム・スミスは『国富論』の中で「見えざる手」という言葉を出しています。それは「各人が自分の利益を追求して全力をつくすならば,社会全体を繁栄に導いてくれる」(水田1997*)というものです。

 *水田洋『アダム・スミス 自由主義とは何か』(講談社学術文庫,1997)

 実は板倉聖宣も似たようなことを言っています。

 

「組織論はない」板倉,山田編「アリがタイなら倉庫」240『たの授』13.12月仮説社

 

 「組織論はない」というのが私の特徴です。伝統的なことに縛られないようにしようということだけ考えています。それなのに私は「ずっといい人たちに恵まれてきたな」と思います。

 仮説実験授業研究会の組織というのは,そこにいる人たちがみんな幸せで動けるようになってくれればいい。そういうことをやると「組織がバラバラになっちゃう」というヒトがいるんですが,バラバラの方がよければ,バラバラでいいじゃないか。未来のことなんか分からないのだから,あんまり縛るなよ,と。

 アダム・スミスも板倉聖宣も「原子論的組織論」だ,と思うのですがいかがでしょう。


⚫︎「民主主義」は進化する(竹内三郎)

民主主義も進化する 竹内『負けてうれしいカレンダー2023』

 民主主義は,全体主義や過去のいろんな政治形態の中でも,今のところいちばん進化した政治形態です。しかし「民主主義」を名乗ること以外の面では,国や団体によってかなりの違いが見られます。その違いは,欠点ではなく,むしろすばらしいところです。つまり,進化の余地があるということです。人々が「自分はその民の一部」であることを思い出し「自分がしたいこと・できること」を大切にしながら社会と折り合いをつけていく。それが民主主義の進化に通じるに違いありません。

⚫︎「学問体系の発展」は,「機械の歴史」に似ている

 アダム・スミスは学問体系を,職人が仕事をするのにつくりだした機械にたとえている。

 それは,最初に発明されたときは複雑であるが,しだいに合理化,効率化されて,簡単なものになっていくというのである。(水田洋『アダム・スミス 自由主義とは何か』講談社学術文庫,1997)p.32より