· 

ジェーン・マーセット『経済学の対話』より所有

⚫︎マーセット『経済学の対話( 1816 Conversations on Political Economy)が気になっている

ジェーン・マーセット『経済学の対話』(1816)について,その伝記(『Jane Marcet an Uncommon woman(邦訳兼子美奈子:すてきな女性・ジェーンマーセット)』1993(邦訳2023)には,次のように書かれている。

アダム・スミスの理論に基づく経済の古典学派の考え方が広がるように書かれてい」る。p.105

 

 『経済学の対話』には,「所有について」という章(会話3と4)が2つある。私は『ものとその所有』を作ろうと思っているので,マーセットの本が「所有概念の大切さ」を多くのページを使っていることが気になっている。

 幸いなことに,『経済学の対話』には翻訳がある。訳者は,残念なことに公表されていない。私家本(「5部+α」しか印刷していない, そのうち1部をいただいた)になっている。「なぜ公表しないのか」,本人に聞くと「訳に自信がない」とのことだった。

 さらに気になっているのは,マーセットの「所有に関する著述」は,本人のものなのか,だれかの主張を引用なのか。「アダム・スミスの『国富論』が元になっている」とも言われているが,真相はどうなのだろう。

 

 そこで,次の3つの課題を設定した。

課題1 その訳は信用できるか。さらに全訳か部分訳か。

課題2 マーセットの「所有に関する主張」を整理し,確実に知り,短い言葉でまとめたい。

課題3 マーセットのその「主張」のオリジナリティは,彼女自身か,だれか他人のものか。

  その3つの課題から,「仮説/検証」してみたい。

 

⚫︎『経済学の対話』は,22の「対話」から成る(全494ページ),その本の構成

 

まず『経済学の対話』の目次を見て,そのあとで原著と訳書の文章を比較してみる。

 

ジェーン・マーセット『経済学の対話』 1816 Conversations on Political Economy 経済学の対話(橋本淳治訳 1992)

英語OLL LIBRERLY pdf https://oll.libertyfund.org/titles/marcet-conversations-on-political-economy  1827年版

google books https://books.google.co.jp/books?id=E0tlAAAAcAAJ&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_ge_summary_r&cad=0#v=onepage&q&f=false  1827年版

1817(2版)/19版/1821版/1824版/1827版 https://www.google.co.jp/books/edition/Conversations_on_Political_Economy/pmdozgEACAAJ?hl=ja

 

Conversations on Political Economy  政治経済に関する会話

PREFACE. 序文

TABLE OF CONTENTS. 目次

(1) INTRODUCTION.    はじめに

(2)INTRODUCTION ― continued.

(3)ON PROPERTY. 所有について1

(4)ON PROPERTY―continued. 所有について2

(5)ON THE DIVISION OF LABOUR. 労働の配分について

(6)ON CAPITAL. 資本について1

(7)ON CAPITAL ― continued. 資本について2

(8)ON WAGES AND POPULATION. 賃金と人口について1

(9)ON WAGES AND POPULATION. Continued.  賃金と人口について2

(10)ON THE CONDITION OF THE POOR. 貧しい人々の状況について

(11)ON REVENUE. 収益について

(12)ON REVENUE DERIVED FROM PROPERTY IN LAND. 土地の財産から得られる収益について

(13)ON REVENUE DERIVED FROM THE CULTIVATION OF LAND.

  土地の耕作から得られる収入について

(14)ON THE REVENUE OF THOSE WHO DO NOT EMPLOY THEIR CAPITAL THEMSELVES.

自分の資本を雇用していない人々の収入について。

(15)ON VALUE AND PRICE. 価値と価格について

(16)ON MONEY. お金について1

(17)Subject of MONEY continued. お金について2

(18)ON COMMERCE. 商業について

(19)ON FOREIGN TRADE. 海外貿易について1

(20)Continuation of FOREIGN TRADE. 海外貿易について2

(21)Subject of FOREIGN TRADE continued. 海外貿易について3

(22)ON EXPENDITURE. 支出について

 

課題1について

 原書と翻訳とを比べて思ったことは,翻訳は全訳であり,翻訳文も信用できる。いやそれ以上に,わかりやすく,きちんと訳されていて,感心した。ただ私が見た原書(1827年版)とは一部内容が違っていた。どの版の翻訳なのだろうか。

 

⚫︎マーセットの本から『ものとその所有』に関する部分1(「会話3 所有1」より)

課題2 マーセットの「所有に関する主張」を訳書から引用してまとめてみました。ただ,まだ長すぎるので,さらに簡潔にまとめたい。以下が引用である。(訳文は会話調であったが,常体に変えた,

(  )は筆者が補った)

 

1.(対話3-2)労働こそが「富」を作り出す最も本質的に必要なものである。

It is very true that labour is a most essential requisite to the creation of wealth

2.労働というのは,人間の任務  Labour is the lot of man 

3.一方では生活に必要分しか生み出せないのに,他方では非常に多くの富を産出している。(なぜ)

 怠惰も,原因の1つには違いない。やる気を起こさせたり,労働に慣れさせることも必要がある。

4.(対話3-3)人間は,もともと怠けたがり屋,

5. 文明生活の中でみられる活動は,教育の成果。言い換えると〈生活必需品だけでなく,回りの快適さ,ちょっとした贅沢を手に入れたい〉という強くて一般的な欲望の成果。

 

6.(対話3-5) 所有「権」というものが確立されなければならない。自然は人間すべてが共同で使うおうに与えている。「所有」というものは人間が作った制度

7. (所有が)法によって確立するまでは,だれも「何物も自分のものである」という権利は持っていなかった。

8.財産とか法で定められたものを保護する制度が整って,はじめて「財産権」は確立される。

 

9.(対話3-6) 所有権というものも,法律による制定ではなくて「一般的な同意」によって確立される。 この一般的な同意といったものが,法律の一種(自然法)

 

10.(対話3-7)「保障」というものは重要なポイント,保障することは,やる気を刺激するし,労働を生産的なものに変える。保障への各ステップは,文明化へのステップ,また「富」「一般的な幸福」へのステップでもある。

11.(対話3-10) 自然は,努力すれば,それに応じて報酬を与えてくれるもの。怠惰・無頓着・無知の持ち主は,反対に,徐々に堕落していく。

12. 平等にしようとすれば,「怠惰な者には勤勉さ」を「人並み外れて勤勉な者には怠惰」を与えてしまうという罰をあたえることになる。

13. 自然は等しく恵みを惜しみなく分配してくれる。自然の恵みは惜しみなく分配してくれる。例えば,光/空気。

 

14.(対話3-11) 人間は本来,働く必要がないのなら,〈哲学者になる〉にはほど遠く,たいていは怠惰で野蛮な人種であり,獰猛な生き物から進歩することはない。

 〈暮らしを維持していこう〉という勤勉さが必要になると,まず最初の段階として,人間の肉体的・精神的な能力を開発していこうとしていく。土地が共有のものである限り,開墾しようとはしない。怠惰な人が収穫する実は,勤勉な人が蒔いた種から得られるものだから。だから,土地の所有権は,開墾のための予備段階でしかない。

15.(対話3-12) 土地所有の制度は,その土地の所有者だけでなく,所有していない人にとっても「富」を増加させる。土地というものは「富」を作り出すものとして,他に類をみないものだ,と言っていい。

16.(対話3-13) 土地の所有を保障すれば,生活と活力にやる気をもたらすことになる。土地を保障しているからこそ,私たちの国の小作人の生活は,土地を所有している未開の人々よりも快適なものとなっている。

17.(対話3-15) (アメリカインディアンが) 牧畜生活のためには家畜の所有権を確立しなければならない。土地はまだ共有のままでも。

19. 人間が陥りやすい怠惰というものは,農業を始めるには,たいへん邪魔な性格である。

20.(対話3-17) 植物の栽培,豊富な貯え,定住生活,農業用具,家畜,これらのものは,所有権という制度がなければ作り出すことも維持することもできなかった。

⚫︎マーセットの本から『ものとその所有』に関する部分2(「会話4 所有2」より)

21.(対話4-9) 私たちが才能ややる気を引き出すには,楽しさというのは,正しく高潔な感覚である。

楽しさという感覚は,「富」の目盛りになるだけではなく,善行のなし具合,人知の発揮具合をはかる目盛り,そこから計り知れない利益が得られる。

22.(対話4-100) 人間の勤勉さというのは,自分だけの所有とか楽しさという刺激があって,はじめて活発になる。その刺激から引き出された個人的な利益に比例して,勤勉さも活発になる。

⚫︎マーセットの本から『ものとその所有』に関する部分3(「会話4 分業」より)

23.(対話5-1) 所有権の確立とその保障によって,怠惰で無知な状態から人間を解放することがたやすくできるようになった。

24.(対話5-2) やる気に新しい刺激が起こってくる。必要以上に蓄積すれば,その分,他に欲しいものを手に入れられることがわかってくる。欲しいものが増えるにつれて「欲しがる気持ち」と「手にいれた物」とはともに増加する。つまり,人は勤勉になり,必要分と,他との交換分とを生産しようと努力する。そうして無感動で気力のない怠惰な未開人が,好奇心・感動・願望・積極性・勤勉をもった文明人になっていく。

25.(対話5-17) 労働というものは,自然で直接的な「富」の原因である。大昔は,いくら働いても,生活の必需品以上に生産されることはほとんどなかった。政府が所有権を保障するようになって,初めてその生産は拡大され,勤勉な精神は急速に開発され,その余りは他人の余剰と交換される。このように,物々交換の便利さが「自然の分業」「職業の分化」の始まりとなる。

 

⚫︎アダム・スミス『国富論(The Wealth of Nations),1776』との比較

課題3について  マーセット「所有の論述」は,アダム・スミスの『国富論』の論述と同じか。

 

まず『国富論』の構成である。

(序文)

『第1巻』第1編 労働の生産性の改良,分配

(1)(2)(3)分業

(4)貨幣 

(5)商品の実質/名目価格,労働価格/貨幣価格

(6)商品の価値の構成部分

(7)商品の自然/市場価値

(8)労働の賃金

(9)貯え

(10)賃金と利潤

(11)地代

 

『第2/3巻』

第2編 国の貯え,貧富

第3編 さまざまな国民

第4編 政治経済学 第2章「見えざる手」

『第4巻』

第5編 国家,収入,税金

⚫︎第5章「商品の実質価値と名目価値,すなわち労働価値と貨幣価値」

「第5章」に似たような内容があった。その概要を下に列挙する。

すべての富→「労働」から

 「労働」で余ったものを売る→「富」

ホッブス「富は力なり」(マーセット1.(対話3-2))

「気前のよい人の財産も力」

ただ「労働」は見えにくい

  →「商品」で見ていく

       →さらに「お金」で見ていく

 

この話の流れは,マーセットの「24 (対話5-17)」と似ている。

⚫︎結論

課題3について マーセットのその「主張」と同じ内容は,アダム・スミスの『国富論』にあるか。

マーセットの中で,アダム・スミスの『国富論』と同じ内容なのは

1.(対話3-2)労働こそが「富」を作り出す最も本質的に必要なものである。

24.(対話5-17) 労働というものは,自然で直接的な「富」の原因である。大昔は,いくら働いても,生活の必需品以上に生産されることはほとんどなかった。政府が所有権を保障するようになって,初めてその生産は拡大され,勤勉な精神は急速に開発され,その余りは他人の余剰と交換される。このように,物々交換の便利さが「自然の分業」「職業の分化」の始まりとなる。

 

(上の2つを発展させたのはマーセットである)

 

(マーセット『経済学の対話』には,アダム・スミス『国富論』にはない部分がたくさんある)

つまり,マーセット自身の主張をまとめると,次のようなものである。

 「所有を認める」→「楽しさ」「労働する気になる」→「幸福に」→「社会が発展」

                     ↪︎  ここの部分はスミスにあり  ↩︎

いかがだろうか。

 

⚫︎課題

 マーセットの「所有に関する主張」は,本当にアダム・スミスには見つからないのか。それは,もう少し他の本を見てみないとわからない。少し時間をかけたい。