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日本の著作権の歴史

[問題1]

 右の「不許偽板」という文字は,ある人の著書の最後に載っていたものです。だれのどの著書でしょう。

ア. 曲亭馬琴(1767-1848)『南総里見八犬伝』

イ. 福沢諭吉(1835-1901)『西洋事情』

ウ. 森鴎外(1862-1922)『水沫集(みなわしゅう)』

 どれもその時代のベストセラーです。海賊版に悩まされて「不許偽板」と書いたのは,だれでしょう。

 それは福沢諭吉の『西洋事情, 外編3』1866-67です(早稲田大学古典籍総合データベースより)。

 『西洋事情』(初版,1966)は15万部の大ベストセラーでしたが,上方で偽版が5から10万部もありました。『学問のすすめ』(1~17編)についても「全体で70万冊」も発行されました。その後,福沢は,官職につかず,執筆と塾経営に専念することになります。


 右は福沢の『西洋旅案内,下』(1967,早稲田大学所蔵)の最後のページです。

「copyright of 福沢氏」という印があり,その上に「毎部以此印 為蔵版之証」とあります。

 偽版を作ったのは地方の府県です。「学制」によって新しく学校制度がスタートし,その教科書として福沢の書籍を利用したのです。

 福沢は,こうした偽版に対して断固たる抗議行動を起こします。明治2(1869)年「出版条例」ができ,明治20(1887)年,全面改訂され,日本の「著作権制度」が整っていきます。

 

[問題2]

 江戸時代のベストセラー曲亭馬琴『南総里見八犬伝』にも,偽版があったでしょうか。そして馬琴は,その対抗処置をとったでしょうか。

ア. 偽版があった。対抗処置を取った。

イ. 偽版があった。対抗処置は取らなかった(取れなかった)。

ウ. 偽版はなかった。

 右は,曲亭馬琴『南総里見八犬伝 第5巻』 1814の巻末(早稲田大学古典籍総合データペー ス)です。ここには著者の「印」が押してあります。

 江戸時代にも,「偽版」がたくさんありました。そうした本ではなく「この本は,曲亭馬琴が書いた本に間違いない」という意味で,印を押したのです。

 今田洋三『江戸の本屋さん』(NHKブックス1977)には,次のように書か れています。 「新しい出版物を出版したら,すぐに海賊版を出されてしまう」ということが重なってくると,本屋たちは「何とかしなければ」と考えるようになった。 そこで,他店の書物と同じものを出版することを〈重板〉,少し変えただけで 出版することを〈類板〉と名付け,「これは禁止しよう」と申し合わせをした。「その本についての出版の権利を認め合おう」というわけであてる。その 権利を〈板株(いまでいう版権)〉といい,ある本について板株を所有してい ることを〈蔵板〉といった。..そして京・大坂とも町奉行に請願した結果,元禄11(1698)年に〈重板類板禁止の町触〉が出されたのである。

 といっても「偽版」はたえ

 

 とは言っても「偽版」は絶えませんでした。右は細野要斎『尾張名家誌 初編』(1857, 愛知県図書館蔵)です。ここには「千里必究,不許翻刻」とあります。「海賊版があったら,どこまででも探し出してやる」という意味です。 

 

[問題3]

 森鴎外『水沫集(みなわしゅう)』(春陽堂1892)を出版しています。森は,その本に対して「偽版」を防ぐ努力をしているでしょうか。

ア.  偽版対策をしている。

イ.  偽版対策をしていない。


 右を見てください。これは『水沫集』(春陽堂1892)の奥付けです。「版権所有」とあり,その下にシールが貼ってあります。そこには「此欄内に著作者の印章捺印なき者は偽版也」とあり「森鴎外の印」が押されています。

 自宅にあった書籍の中にも「検印」が見つかりました。

 左は「印」が押してありますが,右は「検印廃止」とあります。


[問題4]

 日本の本には,少し前まで「印」が押してありました。それは何のためでしょう。

ア. 著者の執筆で暮らしていけるように。

イ. 出版社が安定して経営できるように。

ウ. 国家が出版の統制をするため。

 

 倉田喜弘著『著作権史話』(千人社1983)には,明治時代の新聞記事が載っていま す。

「著述をもって,活計を立つることは,ずいぶん骨の折れることなり」(『朝野新聞,1887.7.12)

 事実,二葉亭四迷は『新編浮雲』(金港堂1887)を執筆しましたが,当時無名だったためか,出版社は,著書名を「坪内逍遥」としました。そして,二葉亭四迷がもらった原稿料は「35円(今でいえば20万円ほど)」だけでした(坪内には45円)。

 そこで,森鴎外たちが,「本の売れた冊数によって,原稿料も上がる」とい う「印税」のしくみを作りました。 森鴎外の「印税」の話は,『著作権史話』に出てきます。「出版社が,森鴎外が許可していない本を出した」というのです。 森鴎外が『水沫集』(1892春陽堂。6ページ参照)を出したときの話です。 出版社の春陽堂が払う印税は25%だったのですが,春陽堂は鴎外の検印のない本も刊行したのです。鴎外自身も「折々,著者の検印のない本を見かけるので困る」とこぼしていた(『書物往来』1925.12)そうです。 

 今でも「印税」という言葉があります。本を出版すると出版社からもらえるお金のことです。

[問題5]

 科学者たちは学術論文を書きます。先行研究があれば引用しなければなりません。そのとき,執筆者は,先行研究をした人に金銭を払うのでしょうか。

ア. 払う

イ. 払わない

 学術論文では,先行研究をした人に金銭を払うことはありません。著作権は「コピーライト」と言って

もともとは「コピーする権利」のことです。板倉聖宣『模倣と創造』(仮説社,1978)は,「著作権=コピーライト」について,次のように書いています。

 (コピーライトは)複製権である(p.31)。 狭い意味では「著作物を経済的に利用する権利」を著作権ということになるが,もっと広くいうと「著作者が著作物について自分の人格的な利益を守る権利(著作者人格権)」をも含むものである。

 つまり「引用する」ときには,著作者の利益が損なわないように「引用のルール」を守らないといけません。

 それは難しいことではありません。かんたんに言うと「著者が気持ちよくなるように(不快な気分にならないように)すればいい」だけのことです。