⚫︎⚫︎「盗電の話」が重要だ(Mさん)
もともと「盗電の話」は,〈ものとその所有〉第3部の最初の問題でした。板倉「授業書《ものとその所有》の構想」『たのしい授業』(2004年1月号,仮説社)の中で次のように書いています。
昔,電気のドロボウ=盗電が問題になったことがあります。そのときは「電気は〈物質〉ではないから,盗みの概念は適用できない」などという議論がありました。そこでその後,法律の不備が問題になって,電気のように〈物質〉ではない〈社会的なもの〉にも所有があるということになったのです。
京都サークルのMさんも,次のように言っています。
〈ものとその所有〉は盗電の問題が重要だ。法律に依るのではなく,原理原則(自然権)に従うという点で重要だ。
これは,授業書の問題に入れることができるのでしょうか。あるいは「解説」に入れる内容でしょうか。みなさんはどう思いますか。
⚫︎明治時代,勝手に自宅に電気をひいた人
岡本拓司『科学と社会』サイエンス社2014 「第11章 盗電の法理,穂積陳重(のぶしげ 1855-1926)の逡巡」による,岡本は「科学が社会に混乱を惹き起こした例」として詳細を書いている。
1902(明治35)年のことです。横浜の藤村清次郎が「勝手に自宅に電気をひいた」ということで電気会社は警察に告訴しました。横浜地方裁判所では,窃盗事件として軽罪公判されることになりました。
同様な裁判は,日本だけでなく,ドイツ,アメリカでも起こっていました。
[問題1]
「電気の事件」は,日本,ドイツ,アメリカで,有罪になったでしょうか,無罪になったでしょうか。
ア. 3国,どれも有罪になった
イ. 3国,どれも無罪になった
ウ. 有罪になった国と無罪になった国とがあった
この裁判は,「地裁」「控訴審」「大審院」と3回,審理が行われました。どんな判決が出たでしょう。
{時代背景}
1879年,エジソン白熱電球発明
1882年,エジソン電気供給開始,続いてテスラ等,交流電気供給開始
1886(明19)年,日本最初の電力会社,1890,横浜共同電灯会社
1889(明22)年 『大日本帝国憲法』
1882(明15)年『刑法』施行(旧刑法)
1898(明31)年『民法』施行
1902(明35)年 「電気の事件」
1908(明41)年 現行『刑法』施行
「窃盗」とは「他人の財物を摂取」すること(『刑法』235条)
『民法』85条では「物」とは,有体物をいう」とあります。
電気は「有体物」かどうかが問題になったのです。
→ドイツ「ミュンヘンの控訴審有罪,大審院無罪 1896
イギリス,アメリカコロラド州など→有罪
日本では有罪
日本での判決,1地裁,有罪 2控訴審,無罪 3大審院,有罪(1904.5月)
1地裁 [有罪] 窃盗の対象となるのは「人の所有に係る可動物」「人為的に蓄積/移動/移転が可能」
2控訴審,法律に依る,電気は「有体物ではない」,電気を権利の目的とする個別の法規もない
⚫︎明治の日本は,法治国家をめざしていた
「法治国家」をめざしていた 明治22年(1889年)に「大日本帝国憲法」
例:自動車を停止中のスマホ→今のところ「道路交通法」違反にならない
(中国では,日本人ビジネスマンが反スパイ法違反で逮捕される 2023.3月)
{法律を「拡大解釈」して罰することがあってはならない}
⚫︎田中館愛橘が鑑定書
→「電気はエーテルの力なり」
「原子はエーテルの渦動であり電気も物質」
電気は個体流体ではない,ニュートンの運動の法則に従わない
→物質ではない
(1903.長岡半太郎の土星型原子模型)
(1905.アインシュタイン特殊相対性原理→エーテルの存在は不要)
1電気は「物件」? 「作用,力」??
⚫︎大審院の判決は
3大審院→判決は,重禁錮3月,監視6月
「窃盗罪の目的物は,占有・管理・蓄積・移転などができればよく「五感の作用により認識し得べき形而下の物」,アメリカでは電気を利用した死刑もあり →「近来の大判文なり」と言われた。
「[物]を盗むときの[物]」を社会的なものまで始めて含めた。
{判決に対する反論]
⚫︎岡田朝太郎(1868-1936)
×「電気の蓄積・移転」に疑念,「実際には電気を起こす機械の所持ではないか」
「機械が起こした電気を移転すると,同じ電気ではない」
「隣の家から漏れる光線で読書」「他人の蓄音器の音楽を聴く」→窃盗か???
↪︎同じ電磁波
⚫︎穂積陳重(のぶしげ 1855-1926)
×たとえ盗電が憎むべき行為であるとしても,これを既存の刑法の「補充的解釈」「類推適用」によって罰することがないようにするというのが原則。これらは,処分の対象をいたずらに拡大するので「刑法に於いては最も危険」であり,「厳禁」されている。
盗電は「無罪」だ。電気が刑法上の物ではない,電気は奪取できない。類推適用は許されない。
⚫︎結局,条文を修正した
1906年,修正案,刑法に「電気を盗取したる者は窃盗を以て論ず」
1907(明治40)年,現行刑法に(旧刑法は,1882(明治15)年